開けてない段ボール
なかなか寝付けない夜には、スマホを閉じて目を瞑ればいいって話なんだけど、それが出来たらとっくに寝ている訳で、私は今スマホを片手に耳では音楽を聴き足の爪のマニキュアを乾かしている。
私の中で冬場の足の爪は必ず赤色と決まっている。
タイツや足が隠れるブーツを履く冬に。いつ出番が来るかわからない足の爪が赤色だと、サイキョーになった気分になれる。憧れの峰不二子のように、ていねいにマニキュアを塗る時間は、着飾っているというより武装に近い。
ハロウィンが終わり、少しは11月の気持ちに寄り添ってあげて欲しいとまで思った、クリスマス一色に染まった街。今日から12月。インスタでは毎日クリスマスツリーが聳え立つ。はいお前もツリー!はいお前もツリー!はいお前もお前もお前もお前もー!となっていた私だって、クリスマスツリーも、可愛いオーナメントを買いに出かけた。なのにかれこれ一週間半玄関にひっそりと段ボールが立っている。
家に帰ってくる度にイヤな気持ちになりながらやらなきゃいけないことを思い出す。
昨日めんどくさいと思ったことは今日もめんどくさくて、12月に入った明日は更なる自己嫌悪と共にめんどくさいと思うのだろう。
楽しみだったクリスマスがどんどん義務化されていく何かを感じつつ、私は今日もブログで反省文を書いている。
あのツリー、1万円くらいしたし、オーナメントだって安くなった。というかむしろ高かった。それなのに段ボールすら開けていない。もっとわくわくしたっていいのに
それはクリスマスに特にいい思い出とかない私の何かだとすら思う。
父親は俺んちは仏教だからっつってクリスマスプレゼントらしき物は買ってもらってないし、元彼氏の裁判クリスマスの日だったし、家族でした時は張り切ってたくさんのクリスマスらしいディナーを作ったのに仕事で0時近くまで帰ってこなかったし。というか美味しいの一言すら言ってもらえることほぼほぼなかったし。
そんな特にいい思い出のないクリスマスを排除しようと今年は自分にクリスマスプレゼントを買おうと思う。そう思った時に私は何が欲しいんだろうという疑問に気がつく。
わかりやすい愛とじょうぶな体?
どっぷりと本の中に身を沈める時間?
大都会tokyoで保育園に当たる運とか?
自由な子供と向き合うに当たっての聖人君子さとか
どれもこれもお金で買えない何かで
お金も同じ価値なのに物体なので殴ったら奪えることについて考えちゃいそうな深夜だな。
そんなこんなで私は私をやるのに大変だなとか思っちゃったりする。
現実逃避で楽しく過ごしたりするけど、現実を受け止めてる時はいつだって楽しそうにできない。今とか。
だれか犬と寝るだけのバイト紹介してもらえます?
まぁ、好きな人と甘いケーキなんか食べたらこの世に未練とかなくなっちゃいそうだしね!わたしの人生まだ慣らし保育中だしね!足のマニキュアが乾いてサイキョーになったことだし、資本主義とクリスマスに中指をさして寝るか。
しゆ